Twitter炎上から日本人の読解力・理解力の危機的状況を考える

昨日、人生初のTwitter大炎上を経験した。

これまでもツイートがプチ炎上することはあったが、せいぜい数百程度のRTやいいねだった。しかし、昨夜大炎上したツイートは、2021年8月4日12時時点で6,800以上のRT(そのうち引用RTは約500以上)、21,000以上のいいね、100以上のリプで、これまでのプチ炎上とは桁違いだ。

炎上聖火リレーが一庶民である僕に引き継がれたのだろうか?まさにオリンピック効果!(笑)

大炎上したツイートを以下に引用しよう。

「子供には、ゲームで時間を潰すくらいなら、運動部で頑張ってもらいたい」と言う保護者に対して、僕は「スポーツも、プロを目指すのでない限り、ゲームと同じ娯楽です。むしろ、部活をやって疲れ切って勉強ができなくなることを考えれば、ゲームを何時間もやるよりも有害です」と話している。

ツイート主である僕は、誰かを痛烈に批判したつもりもなければ、誹謗中傷したつもりもない。だから、「なぜこれが炎上するのか?」と思うのだが、その理由はどうやらTwitter民の読解力・理解力の低さに原因があるようだ。

引用RTやリプに見られる意見をいくつか紹介しつつ、大炎上に至る経緯について考察してみたい。

まず、「スポーツ・運動=悪」という図式をもとにした批判。

僕は「スポーツも、…ゲームと同じ娯楽です」とは書いたが、「スポーツ・運動が悪だ」とは一言も書いていない。「娯楽≠悪」のはずだが、一部の人たちはきっと、「娯楽=悪」とする禁欲的な宗教でも信じているのだろう。

部活をやって…有害です」の部分も、あくまでも疲れ切るほど部活で運動することを有害としているだけで、「スポーツ・運動が有害だ」とは書いていない。「スポーツ・運動=悪」と決めつける人たちは、「全てのスポーツ・運動=ブラック部活」という思考回路なのか?

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次に、「ゲームを上げるためにスポーツ・運動を下げている」という批判。

そもそも僕は「疲れ切るほどやらされる運動部」や「長時間のゲーム」を有害としているだけで、スポーツ・運動やゲームそれ自体について良い・悪いの評価をしていない。

だから、「礼儀を学べる」「健康を維持できる」「コミュ力が身に付く」など、スポーツ・運動の利点を挙げる人たちもいたが、全て的外れだ。何度もくり返すが、僕はスポーツ・運動それ自体を貶めていない。これはゲームについても同じだ。

それに、「疲れ切るほどやらされる運動部」が「長時間のゲーム」より有害と書かれているのに、どこをどう解釈すると「ゲームを上げる」となるのか?

たとえば、「この店のカレーはラーメンより不味い」という評価があるとして、そこから「この店のラーメンは上手い」と判断できるか?不味いもの同士を比べているのだから、「この店のカレーもラーメンも不味い」と解釈するのが自然だと思うのだが……。

「疲れ切るほどやらされる運動部」も「長時間のゲーム」もどちらも有害だと書いただけで、僕は「長時間のゲーム」を擁護していない。

他にもいろいろ香ばしい意見があるが、切りがないのでこのくらいにしておく。

要は、まともに文章を読めない・理解できないTwitter民が、勝手な解釈をして怒り狂い(もしくは共感し)、ツイートを拡散させていったという構図が見て取れるのだ。

その背景には、条件付きの書き方を多くのTwitter民が正しく解釈できないことがあるようだ。具体的には、「部活をやって疲れ切って勉強ができなくなることを考えれば、ゲームを何時間もやるよりも有害です」が「部活はゲームより有害です」と変換されてしまったということ。

昔々、「準備ができるまで出かけてはいけない」という文を、「絶対に出かけるな」という禁止の意味で捉える中学生がいた。文脈から判断するに「準備ができたら出かけていい」となるはずだったのだが、それが分からなかったみたいだ。

小中学生の指導でも、僕が「その問題を確実に解けるなら、宿題として取り組まなくてもいいよ」と伝えると、生徒は自分に都合の良いように「宿題として取り組まなくてもいいよ」だけ切り取って、解けないにもかかわらず宿題をやらない。そういう生徒を何度も何度も叱ってきた。

文を適切に解釈できない生徒も、指示を勝手に切り取る生徒も、「~ならば」のような条件を理解できていないのだ。そして、今回の大炎上を引き起こしたTwitter民の多くも、条件を理解できていなかったと考えられる。小中学生ならまだしも、Twitterにはいい年をした大人も沢山いるだろうに……。

このレベルの「批判」が「国民の声」として政府に伝わっているのなら、政府の政策も、誰でも理解できる程度まで簡略化したもの、つまり一律許可か一律禁止しかできなくなってしまう。

「人が集まらなければ夜に外食してもいい」「喋らなければ酒を飲んでもいい」などでは伝わらないので、飲食店に対して「一律に」営業時間短縮、「一律に」酒類提供禁止を要請するしかない。

政府が飲食店や酒販売店をいじめているように見えるが、実際のところは読解力・理解力の無い国民が政府の動きを決定しているといえなくもない。

本当に政府がろくでもないことをしていたのか?そうせざるを得なかったのではないか?

日本は識字率がほぼ100%とされている。しかし、その識字率はあくまでも「文字を音読できる」レベルで、かなり多くの人たちがまともに日本語の文章を読めていない可能性が高い。この点については以前からあちこちで指摘されてきたし、リーディングスキルテストの結果をもとに新井紀子さんが問題提起してきたこととも一致する。

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昨日のTwitter大炎上から僕もいろいろ学ばせてもらった。同時に、日本人の読解力・理解力の低レベルさを実感し、「日本は本当に沈みかかっているのかもしれない」という危機感を抱いた。

オリンピックが終わった後、日本は果たしてどうなっていくのだろうか?

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