東京駅で元教え子と久しぶりに再会し、お互いの人生について語った夜

諸事情で東京に滞在している元教え子と東京駅で飲んだ。

僕が予定よりも早く到着しそうだったので連絡したら、待ち合わせの場所を新橋駅から東京駅に急に変えられて、「東京駅ダンジョン」を徘徊させられる羽目に……。

「先生は東京駅のことなら何でも知ってると思ったんです」と言う生徒に、僕が「知るかっ!東京駅なんて、何年も来たことないわっ!」とキレかかったのだが、それはさておき久しぶりの再会――。

年に1、2回しか会えない。コロナ禍になって僕が帰省できなくなってからは、なおさら会うのが難しくなった。

僕が元教え子と最後に会ったのはコロナ禍前。元教え子曰く、2年半前だそうだ。重い荷物を持たされた記憶がある。

元教え子を指導していたのは、僕が地元にいた頃だ。元教え子曰く、12年前だそうだ。さっぱり勉強しない元教え子をすごく怒った記憶がある。

とにかく年月が経ってしまった。僕は、空白の何年間かを経て、確実に肉体の劣化が進んでいる。抜け毛が多いとか、唇にヘルペスができるとか、確実にボロボロになっている。ただ、それは元教え子も同じなわけで、お互いに年を取ったことを確認し合った。

詳細については個人情報の観点から割愛するが、元教え子はなかなか大変な目に遭ってきて、最近ようやく人生の転機が訪れたみたいだ。だから今、東京にいる。

僕は、東京で10年くらい続けてきた家庭教師を辞めることを伝えた。これから何をしたいかも何となく伝えた。そして、「君も株を買おう」と伝えたのだが、それは拒否された(笑)

元教え子も僕も変わった。しかし、変わらない部分もある。

僕は元教え子に「先生は相変わらず、私の心を抉って、自己肯定感をズタズタにします」と言われたので、「僕は『自己肯定感』という言葉が死ぬほど嫌いなんだ、テヘッ」と返しておいた(笑)

他にも、結婚や老後のことについても話をした。お互いにそれなりの年齢になったので、「こういうことを真面目に考えないといけないよね」という感じなのだが、こんなことを口にするようになったのは「おっさん化」の第一歩なのかもしれない。

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時々実家に電話をかけると、自分のこれから先の人生を否応なく考えさせられる。 母「期待してないけど、結婚する予定はないんだよね?」 僕「ごめんね、ないんだ……」 母「まあ、結婚しなくてもいいから、自分の好きなように生きなさい...

時代が大きく変わる中で、絆?は変わらず残っている。先生と生徒という関係が終わっても会えるのは素直にうれしい。こういうのを確認できただけでも価値のあるひとときだった。

家で一人で飲む発泡酒とは異なり、久しぶりに美味しいビールを味わえた。

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