【ラノベチャレンジ】犬塚惇平『異世界食堂』1巻を読む

犬塚惇平『異世界食堂』の1巻を半分くらいまで読んだ。

異世界食堂 1 (ヒーロー文庫)

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「洋食のねこや」は、毎週土曜日が「特別営業」。この日は、「こっち」の世界とは別の「向こう」の世界と扉がつながって、異世界の冒険者や貴族、エルフ、リザードマン、竜のような女王など、個性豊かな客がやってくる。彼らは、それぞれがお気に入りのメニューを注文して――。

1話は「ショートショート」と言ってもよいくらいのページ数でサッと読める。それぞれのストーリーでは個性豊かな客たちの姿が描かれるが、心理描写などはあっさりしていて物足りない。

しかし、食べ物の描写がとにかく秀逸。珍しい料理が描かれるわけではなく、メンチカツやエビフライ、ビーフシチューといった、僕たちの日常生活にも頻繁に登場する料理ばかり。それなのに、「洋食のねこや」で作られるこれらの料理はとても美味しそうなのだ。

口の中に広がるのは、たっぷりとした肉汁。それが良質な油を含んだ軽い食感の衣と混ざり合い、口の中で弾け、ほどけていく。塩と胡椒が効いた、けれど決して効きすぎていない絶妙な味加減の肉と、その肉に混ぜ込まれたオラニエのほのかな甘み。

これは「第一話 メンチカツ」からの抜粋である。

メンチカツはありふれた食べ物だが、このように書かれていると、自分の知っているのとは別のメンチカツが存在するように思えてくる。この部分を読んだ僕はメンチカツを食べたくなってしまった。

全ての料理が同様の描かれ方をしている。空腹時だけでなく、食事を済ませた後の満腹時に読んでも、口の中によだれがあふれてくる。とにかく美味しそうだし、実際に食べたときの味や食感、さらには視覚的な美しさまでもがリアルに伝わってくるのだ。

茶色く透き通ったテリヤキソースがたっぷりとかけられた茶色い皮と、穢れを知らぬ乙女のように白い肉。その対比が美しい。

これは「第二話 テリヤキ」の一節だが、テリヤキが大好きな僕も、今までテリヤキをこのように眺めたことはなかった。単なる茶色い食べ物でしかなかったテリヤキの意外な一面を見せられたようで、思わず「ほお……」と唸ってしまった。

こんな感じの料理の描写をいくつも読んで、文字を媒介にして「洋食のねこや」の料理を味わった後、僕はふと気づいた。個性豊かな客たちのストーリーがあっさり描かれるのは、料理の描写を邪魔しないための工夫なのではないか、と。

登場人物の描写を徹底的に行なうと、料理の描写はどうしてもかすんでしまう。料理が人物を引き立てるための小道具と化してしまう。そうならないように、作者はあえて人物描写を淡白にしているのだろう。『異世界食堂』の主人公はあくまでも料理なのだ。

作者は心から料理を愛しているに違いない。しかも、美食家としての視点ではなく、日常の料理を楽しむ視点で、これらの料理の美味しさを文章として表現する。というよりも、文章としてしか表現できないのかもしれない。マンガやアニメでは、作者が読者に伝えようとした美味しさを表現するのは難しいのではないか?

最近のライトノベルでは異世界転生モノが流行りのようだが、逆に現代日本のありふれた日常を異世界に現出させるという設定も斬新だ。

突飛な世界観を見せつけて読者をアッと驚かせるのではなく、一見すると陳腐な素材を組み合わせだが、これで読者に深い感動を与える(=食欲をそそる)。簡単そうに見えて、なかなかできることではない。作者の力量に脱帽させられた。

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