津島佑子『逢魔物語』「菊虫」を読む

津島佑子『逢魔物語』を読んだ。読んだのは数か月前――。

『逢魔物語』は、高校時代から何年かに一度は読み直している、僕にとってはバイブルのような短編集だ。読み直すたびに新しい発見があり、印象に残る短編もそのときによって変わる。今回は「菊虫」を紹介したい。

菊虫は「お菊虫」とも呼ばれる虫で、1795年に大量発生したジャコウアゲハのサナギが正体だと考えられている。お菊は、『番町皿屋敷』『播州皿屋敷』などの怪談に登場する悲劇のヒロイン。女中のお菊が貴重な皿を壊したという理由で主人から罰を受けた後、井戸に身を投げて幽霊となり、皿を「一枚、二枚……」と数える、という『番町皿屋敷』のストーリーが有名である。ジャコウアゲハのサナギは、後ろ手に縛られた女性のような形をしていて、お菊の姿を連想させることから「お菊虫」と呼ばれる。

お菊の話には、他にもさまざまなパターンがある。「菊虫」では、主人が女中のお菊を愛したことを妬み、妻がお菊を罠にはめる、というストーリーが紹介される。このことからもわかる通り、「菊虫」のテーマは嫉妬である。

母と二人暮らしの独身女、泉は、住んでいるマンションで時々出会う男、喬と話をするようになり、そのまま男女の仲になる。しかし、二人の関係が強まっていく中で、喬は泉に罠を仕掛ける――。

嫉妬とかヤキモチなんて言葉、おれは嫌いだ。

喬は泉にそう言って、泉の本心を探ろうとする。喬はどうも嫉妬心に拘りがあるらしい。その拘りの理由については明確に描かれない。しかし、喬は中学時代、一人の女の子との間に何かあったらしく、それがずっと尾を引いているようだ。

泉の側からは喬のことがよくわからない。しかし、自らのうちに生じた嫉妬心は確かなものであり、それを喬に試されていることは確か……。男と女の間には理解し合えないものが横たわるが、無理に理解しようとしないまま、結局二人はまたもとの関係に戻る。

津島は「著者から読者へ」の中で、「人と人との出会いのなかにあるこわさを描」きたいと述べたが、その“こわさ”が丁寧に表現された短編といえるだろう。

ストーリーの進行役を担うのが、泉と喬の関係とは別のところにいる泉の友人でシングルマザーの加津子だ。加津子の娘は既婚者の男性との間に生まれた。その経緯について冒頭で触れる中で、嫉妬が「菊虫」のテーマであることがほのめかされる。さらに、終盤では、加津子の娘が珍しい虫――菊虫のような虫を見つけるシーンを描いて、クライマックスへの伏線とする。加津子とその娘を媒介として、現代に生きる男女の姿とお菊の話とを結びつける津島の技巧は秀逸である。

僕は最近、「嫉妬とはいったい何なのか?」としばしば考える。そして、嫉妬が人間を呪縛する恐ろしい感情であることも理解できる年齢になった。「菊虫」を読み直して、久しぶりにゾクッとする“こわさ”を味わわせてもらった。

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