小学高学年のときに読んだ阿刀田高『不安な録音器』の中でも、「ぽっぺんを吹く女」というタイトルははっきり覚えている。その懐かしさから、『不安な録音器』再読では、「ぽっぺんを吹く女」から読み始めた。
ぽっぺんとは、ガラスでできたおもちゃだ。別名「ぽぴん」「びいどろ」など。長い筒状の吹き口から息を吹き込むと、丸い風鈴みたいな部分から音が鳴る。名前の通り、「ぽっぺん、ぽっぺん」と音がする。
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ぽっぺん、ぽっぺん……。
おどけるような、弾むような、細い音が聞こえてきた。
ぽっぺんの音から始まる短編は、スナック・バー“ボルト”で飲んでいた「私」と、ぽっぺんを吹きながらやって来た女――秀子との出会いから始まる。その出会いのシーンが印象深い。べろんべろんに酔っぱらった秀子が“ボルト”に入って来て、男性客全員に「キスの配給」を始めたのだ。「私」も秀子とキスをして、何となくいい気分になる。しかし、秀子についてきた男――秀子の夫の夫は気が気ではない。秀子の腕を取って外へと連れ出したのだった。
「私」が再び“ボルト”に顔を出すと、そこには秀子が忘れていったぽっぺんがある。それがきっかけで私はチーフから秀子の事情を聞いたり、秀子本人から離婚の話を聞いたりする。その間に、「私」の妻の従妹の離婚話が挿入される。
離婚てものはネ、たった一つの理由でするものじゃないの
秀子のこの言葉が「ぽっぺんを吹く女」全体を象徴する。ぽっぺんの音をきっかけに、「私」は夫婦仲が決定的に破綻することに関する「真理」に気づくのだ。
僕はこの短編を小学高学年で読んだはずだが、当時は全く理解できなかったはずだ。小学生が「離婚とは?」などと考えられるわけもなく、ただ字面を追っただけ。理解できなかったからこそ話の内容はすっぽりと記憶から抜け落ちて、短編のタイトルだけが脳にこびりついたのだろう。
それはさておき、僕の母は一回離婚していて、この短編を読んだ時期辺りに再婚した。僕と血のつながった父について、僕は顔も名前も知らない。興味もなかったので、母に父についてたずねたこともない。当然、離婚した理由など知る由もない。
一方、母は離婚について思い出すこともあるだろう。「たった一つの理由でするものじゃない」離婚に至るまで、母はきっと苦悩したはずだ。そう思うと、母と秀子が重なる……気がする。
小学生時代に理解できなかったことが三十代後半になって理解できて、身近な人への連想となる。子供時代に読んだ本を大人になってから再読すると、現実世界の見え方も変わってくるから不思議だ。
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