阿刀田高『不安な録音器』を読み終えた。
最後の短編は「電話から」。『不安な録音器』全体が「音」をテーマにしているが、「電話から」はタイトルの通り「電話の音」がテーマだ。電話といっても、現代風な携帯電話ではなく固定電話。しかも、作品の時代背景を考えると、数字の位置に指を入れて右にダイヤルを回すダイヤル式電話だろう。
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小説の中に小道具を登場させると、良くいえば「時代感」が、悪くいえば「古臭さ」が出てしまう。それが作品と読者との距離となって、感情移入しにくくなることもある。幸い僕はダイヤル式電話を使ったことがあるので、「電話から」を読んで情景が浮かんだし、「確かにね……」と思った。
ストーリーの終盤、主人公の「私」は、女の誘いに応じて電話をかける。家族との平穏な生活に満足しつつ、女との関係が発展することに淡い期待を抱き、そして電話をかけたのだが…
真っ黒い部屋にベルが鳴り続けている。だれもいない部屋に電話のベルだけが響いている。慶事も凶事もこの音色が運んでくる。
今どきの携帯電話(スマホ)だと、こうはならないだろう。呼び出し音がいつまでも鳴り続けて、相手が出ないことを不安に思うことはあっても、その呼び出し音がどこでなっているのかはわからない。相手がどこかに携帯電話を置き忘れたのかもしれないし、肌身離さず持ち歩いているにもかかわらず意図的に出ないだけかもしれない。もっと別の事情があるのかも…
とはいえ、僕の母は現在も携帯電話を持っていないので、僕が母に電話をかけるときは実家の固定電話である。いつまでも母が出ないことがあり、僕は一抹の不安を覚える。
――母は買い物に出かけているだけか、それとも何かあったのか?
これまでは買い物に出かけているだけだったが、そう遠くない将来、「何かある」ことも考えられる。年を重ねるごとに、実家の「だれもいない部屋に電話のベルだけが響いている」ことが怖くなっていく。
「電話から」の時代背景に現代と隔絶した感がありつつも、「私」が娘の中学受験のことを考えている描写は、今も昔も変わらぬ親心をよく表している。もちろん、妻子持ちの身でありながら他の女に心を動かされるのも、いつの時代の男性にも共通する心理だろう。
科学技術の発達によって身の周りの道具が変化しても、いつの時代も変わらぬ人間の心はあり、それが「電話から」では上手く描写されている。
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