雨瀬シオリ『ここは今から倫理です。』を読む

雨瀬シオリ『ここは今から倫理です。』の「#1 知らない事」と「#2 くだらない人間」を読んだ。

全然知らずに読んだのだが、『みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞2018』ネクストブレイク部門2位の人気マンガで、2020年12月時点でシリーズ累計発行部数は120万部を突破したほど。テレビドラマ化され、2021年1~3月にはNHK総合「よるドラ」で放送された。

高校倫理を教える男性教師、高柳と、選択科目として高柳の授業を受ける高校3年生との心の交流を描く。

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僕が魅了されたのは雨瀬先生の筆致。線が太く、余白が多く、墨絵のような趣がある。トーンを多用せず、人物がくっきりと描かれている。「暗い絵柄」と評されることもあるだろうが、哲学や宗教をメインに扱う「倫理」という科目にマッチしているのは確かだ。

僕はマンガを読むとき、ストーリーより先に絵柄を見ることが多い。『ここは今から倫理です。』は絵柄がまずは好みだった。

もちろん、ストーリーも秀逸だ。

子供と大人のちょうど境界線上にいる高校3年生は、さまざまな問題を抱えている。物理的な問題だけでなく、自己嫌悪や優越感といった心の問題もある。

そんな高校3年生とぶつかる高柳――。仏頂面で淡々と話し、冷たい印象を与えるものの、整った顔立ちから、一部の女子生徒に人気がある。よくある人物描写といえばそうなのだが、やはり「倫理」という科目にぴったりなのは否めない。

第1話では、自分を誘う女子生徒、逢沢いち子に花魁の話をし、教養の大切さを説く。最初は異性として興味を示しただけだったいち子だが、高柳の言葉をきっかけに、だらしない人生から脱却する糸口を見つける。そんないち子のピンチを救った高柳は、「“愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である” マックス・シェーラー」という言葉をいち子に授ける。

第2話では、成績優秀な女子生徒、酒井美由紀と、彼女を慕う女子生徒、八木まりあの2人の心の交流が描かれる。美由紀は優秀であるため、周囲の人々を見下し、高柳の態度にも不満を抱く。読書家で知識豊富な子供にありがちな傾向だ。一方、まりあは美由紀から「バカ」と思われているも、そのことに気づかず、無邪気に美由紀を尊敬する。凸凹な2人を見ると、「こういう子たちっているよね」と思わされる。

美由紀の気持ちが大きく変わる出来事――まりあのピンチが訪れる。このとき感情的になった高柳を見て、そんな高柳の言葉に救われたまりあを見て、斜に構えていた美由紀の心が氷解していく。氷解していくシーンは直接描かれないが、そうなるであろうことを暗示させる終わり方だ。この話に登場する哲学者の言葉は「“なんといっても最上の証明は経験だ” フランシス・ベーコン」。

生徒の人生をより良い方向へと導く高柳の姿は、まさに教師の鑑である。定番なストーリー展開とはいえ、メッセージ性が強く、読者に「こういう先生と出会いたかった」「こういう先生が自分の学校にもいた」などと思わせるものがある。そして、〆として挿入される哲学者の言葉にストーリー全体を象徴させるのが巧い。

若い読者層から好意的に受け入れられるのも納得の作品だ。

そういえば、僕が高校時代にお世話になった倫理教師のK先生も良い先生だった。僕の母親も珍しく「良い先生だ」と言うほどに……。

K先生は、授業で『ゆきゆきて、神軍』を見せ、丸尾末広や花輪和一などのエログロマンガを貸してくれ、「きまぐれ通信」という学級通信ではいつも社会の矛盾に言及して問題提起していた。「きまぐれ通信」は上京のときも持ってきて、今でも本棚にある。

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K先生の見た目や雰囲気は高柳と似ても似つかない。しかし、生徒思いで、美由紀のような生徒が多い進学校の中でも、生徒たちから慕われていた点ではそっくりだ。倫理教師とはそういうものなのかもしれない。

『ここは今から倫理です。』を読んで、黒歴史でしかない自分の高校時代をありありと思い出してしまった(笑)

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