東京・新宿のK’s cinemaで上映中の映画『夢幻紳士 人形地獄』を観てきた。
高橋葉介原作のマンガ「夢幻紳士」シリーズの中から、「人形地獄」を海上ミサコ監督が実写映画化。主人公の探偵・夢幻魔実也役を俳優の皆木正純さんが演じた。
「夢幻紳士」シリーズといえば、僕にとっても非常に思い出深い作品だ。僕は『学校怪談』で高橋葉介先生を知り、その後偶然「夢幻紳士」シリーズの一冊と出会い、あっという間に虜になった。
新品価格 |
もともと『学校怪談』のブラックユーモアあふれるストーリーが大好きだったが、「夢幻紳士」シリーズはさらに毒が強く、じわりと心に沁み込んでくる“不穏なもの”を楽しんでいた。小学6年のときだった。
僕を魅了したのはストーリーだけではない。筆などで描かれた独特の絵柄、個性豊かな登場人物や異形の者たち――。高橋葉介ワールドの何から何まで好きだったのだが、中でも青年・夢幻魔実也には強く心惹かれた。
夢幻魔実也は、どんな状況下でも冷静にふるまう。顔色一つ変えず、人を助けたり、陥れたり、傍観者になったり……。一方で、女たらしの側面もあって、決して憎めないキャラクターなのだ。立ち居振る舞いがかっこよく、「大人になったら、こういうかっこよさを身に付けたい」と思った。トークショーで海上監督が「夢幻魔実也は初恋の人のような存在だった」と語るのを聞いて、僕は納得させられた。
ちなみに、夢幻魔実也には、明るく快活な少年探偵としての顔もあって、これはこれで魅力的ではある。しかし、僕の中で印象が強いのは青年の方だ。そして、映画の主人公も青年の夢幻魔実也だったので、子供時代に抱いた憧れを久々に思い出した。
映画のストーリーは、夢幻魔実也が声にいざなわれて、人形となった少女・三島那由子(横尾かな)に会いに行くシーンから始まる。夢幻魔実也は、那由子に暗示をかけた雛子(岡優美子)と対峙し――。
原作を忠実に再現した映画ではなく、海上監督の解釈がふんだんに盛り込まれたオリジナル作品となっている。しかし、「電柱と舗装道路は撮らないという鉄則」で撮影されたシーン、作品全体を貫く静けさや間、多様な解釈が可能な登場人物のセリフや行動、後味の悪い結末など、高橋葉介ワールドの趣はしっかり反映されている。
原作では別の短編である「老夫婦」のエピソードも挿入され、夢幻魔実也と、彼に付きまとう小堀貞一(龍坐)との確執が描かれる。一見すると「何でもできる超人」のような夢幻魔実也だが、過去の失敗がいつまでも尾を引いている――。そんな一面も丁寧に表現されていた。
特に印象的だったのは、登場人物の女性たちが”強い”ことだ。那由子や雛子だけでなく、那由子の母親・三島ミツ(井上貴子)、雛子に仕える梅子(SARU)、小堀貞一の婚約者・木戸八重子(紀那きりこ)も、強い思いに駆られて行動する。
そんな女性たちに翻弄される男性たちは”弱い”。木戸八重子との関係が破綻した小堀貞一、雛子に犬にされた十勝十蔵(杉山文雄)、三島ミツの対応にあたふたする駐在(義いち)は、いずれも情けない姿をさらす。夢幻魔実也も例外ではなく、ラストシーンで女性たちを「めんどくさい」と口走るのだ。
作品の時代背景を考えれば、男尊女卑が”常識”で、女性は男性の引き立て役に過ぎない。しかし、『夢幻紳士 人形地獄』の中では、女性たちの生き方が“主”で、その周りにいる男性たちは”従”なのだ。夢幻魔実也は女性と男性の中間をうろうろしているため、女性たちから好意を寄せられ、時として災いを招いてしまう。原作の夢幻魔実也にもこういう面があったはずだ。
高橋葉介先生の「夢幻紳士」シリーズは、読めば読むほど想像が広がっていく。そんな想像を実写化した海上監督に敬意を表したい。