本日、電車の中で阿刀田高『鈍色の歳時記』を読了した。
『鈍色の歳時記』収録の「水ぬるむ」については、以前感想を書いたので、今回は本一冊分の感想を書きたいと思う。
歳時記とは、俳句の季語を集めて分類し、解説と例句を加えた書物である。『鈍色の歳時記』も、季語をテーマとした12編の短編が収録されている。
いずれも季語を九通のテーマとしつつ、幽霊が出てくるホラーから完全犯罪が描かれるミステリ、男女の人情話など、バラエティーに富んでいる。阿刀田先生の描くあらゆる世界を垣間見られるという点ではおもしろい。
どの短編にも共通しているのは、小ネタが豊富な点だ。オチにつながる伏線としての小ネタもあるが、必ずしもそうではない。「へぇー、そうなんだ!」と納得させられる雑学や、「そうきたか!」と唸らされる面白話まで、とにかくいろいろ盛り込まれている。
たとえば、「鉦叩き」では、主婦たちが岡山名物「ままかり」の話をする。
「おいしくて、おいしくて、ご飯が足りなくなって、それでお隣に借りにいくから、ままかりだって……」
話のつなぎとして入っている雑学だが、こういうのが嫌味なくサラッと入り、やはりサラッと流れていくのが阿刀田流。「ままかり」を知らない僕のような読者が得した気持ちになる仕掛けだ。
「秋出水」では、酒場で、茶色いセーターを着た男が次のように言う。
「ビールの名前に“とりあえず”っての、どうかな。みんなが、まず、そう言うから」
これを読んで、思わずクスッとしてしまった。このセリフがストーリーに直接何らかの影響を与えるわけではないが、酒場の客やママのちょっとした会話が上手く描かれている。こういう下らないことを言う人は一人くらいいるだろう。
「百物語」では、酒屋の裏座敷に集まった5人が次々と怖い話をしていく設定だが、「怖い話をどう話すと効果的か?」という評論じみた始点があって、やはりストーリーとは直接関係ないところで興味をそそられる。
「半夏生」は「はんげしょう」という読みから「半化粧」へとつながり、この言葉遊びが最後の最後の伏線となっている。途中に祖母の不思議な話や怪談っぽい昔話が挿入され、「半夏生」そして「半化粧」という一本の線でこれらがつながっていく。「うまいなぁ……」と思った。
解説は宮部みゆき先生の「あなたも短編小説を書いてみませんか」だ。『鈍色の歳時記』にぴったりなのだ。「年の瀬」を題材に、同じストーリーやアイデアでも、視点を変えることで創作の楽しさを伝えている。この解説を読んだ後、僕も短編小説を書いてみたくなった(というか、書いている最中なのだが)。
さまざまな表現と出会える『鈍色の歳時記』は、「短編小説を書きたい」と言う人にとって勉強になる一冊でもある。小説の書き方の本を読むよりもよほど有益であることは間違いない。
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