【尼と地蔵2】「の」の用法?連体修飾格・主格・準体格・同格とは?

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妖怪博士の古文講座

『宇治拾遺物語』「尼、地蔵を見奉る事」の第2段落を読んでいきます。前回の記事を読んでいない人は、前回の記事から読むといいですよ。

>>復習:【尼と地蔵1】敬語の知識から主語や目的語を把握できるって本当?

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2段落目も、主語を把握してしまいましょう。

、喜びていそぎ行くに、/そこの子に地蔵といふ童ありけるを、/(博打は)それが親を知りたりけるによりて、「地蔵は」と問ひければ、/、「(地蔵は)遊びに往ぬ。今来なん」と言へば、/(博打は)「くは、ここなり。地蔵のおはします所は」と言へば、/、うれしくてつむぎの衣を脱ぎて取らすれば、/博打はいそぎて取りて往ぬ。

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「の」の用法

今回は、「の」の用法を勉強します。

① そこ子に地蔵といふ童ありけるを、

② 地蔵おはします所は

①と②の「の」はどちらも格助詞です。しかし、それぞれの用法が異なっています。古文における「の」の用法は現代語における「の」の用法と同じなので、まずは現代語の方で確認します。

たとえば、「猫肉球」「猫鳴く声」「君の猫はかわいいが、僕はかわいくない」の「の」は全て意味が違います。これらの違いが分かれば、古文の方も理解できるはずです。

まずは、「猫肉球」から。「猫の」が「肉球」という名詞を修飾しています。このように、名詞(体言)を修飾するときに使う「の」が連体修飾格です。“体言+「の」+体言”になっている場合が多いですよ。

次に、「猫鳴く声」。これは「猫鳴く声」と言いかえられます。このように、「が」に言い換えられる「の」が主格です。「主格」の「主」は「主語」のことです。“体言+「の」+用言(動詞・形容詞・形容動詞)”になっている場合が多いですよ。

最後に、「君の猫はかわいいが、僕はかわいくない」。これは「君の猫はかわいいが、僕の猫はかわいくない」と言いかえられます。「の」の後ろに「猫」などの名詞を補える場合、その「の」が準体格です。「の」の直後に助詞(「が」「は」「を」など)が続く場合、その「の」は準体格である可能性が高いです。

みみずく
①の「の」の用法は?
夢狐
「そこの」の後ろに「子」という体言があって、「そこの子ども」で意味が通じます。だから、連体修飾格です。
みみずく
正解!じゃあ、②の「の」の用法は?
狸央
「地蔵菩薩の」の後ろに「おはします」という用言(動詞)があって、「地蔵菩薩がいらっしゃる」で意味もOK。主格ですか?
みみずく
正解!

ここまでは簡単ですね?では、1段落にある次の「の」の用法はどうでしょうか?

博打打ちほうけてゐたるが見て、

「博打」は、ばくち(=賭け事・ギャンブル)そのものではなくて、ばくちをする人、すなわちばくち打ちを表します。

「打ちほうけてゐたる」の「ほうけ」は、「ほうく(惚く)」が言い切りの形(終止形)で、「一つのことに夢中になる」という意味です。今でも「遊びほうける」といいますよね?その「ほうける」と同じです。

それから、「打ちほうけてゐたる」の「ゐたる」の後ろには「人」を補って、「ばくちを打つのに夢中になっている人」と訳します。だから、「博打(=ばくち打ち)」と「打ちほうけてゐたる(=博打を打つのに夢中になっている人)」はイコール(=)の関係です。「の」の前後がイコールの関係ならば、その「の」は同格で「で」と訳します。

夢狐
「博打の打ちほうけてゐたるが見て」は、「ばくち打ちでばくちを打つのに夢中になっている人が見て」と訳すんですね。

文法「の」の用法

① 体言+「の」+体言 → 連体修飾格「~の…」

② 体言+「の」+用言(動詞・形容詞・形容動詞) → 主格「~が…」

③ 「の」の直後に助詞(「が」「は」「を」など)が続く → 準体格「~のもの」

④ 「の」の前後がイコール(=)の関係 → 同格「~で…」

※ いずれも100%ではないので、訳して意味を確認すること。

「が」は連体修飾格

ここまでで、「の」を「が」と訳す用法を学びました。逆に、「が」を「の」と訳す用法についても確認しておきましょう。

(博打は)それ親を知りたりけるによりて、

「それが親」を「それが地蔵の親です」と訳すと、「それ」が何なのか分かりません。そこで、「が」を「の」と訳すと、「それ=地蔵といふ童」となって、「それが親」は「地蔵少年の親」で意味が通じます。

多くの場合、“体言+「が」+体言”の形では、「が」が連体修飾格になって「の」と訳せます。

この用法は現代語でもありますね。たとえば、「我が国」という言葉で、「我(わ)」は「私」のことだから、“体言(我)+「が」+体言(国)”の形です。これは、「私の国」という意味ですよね?「私が国」と言ったら、頭のオカシイ人の妄想になってしまいますよ(笑)

文法体言+「が」+体言 → 「が」は連体修飾格(~の…)

「なん」の識別

親、「(地蔵は)遊びに往ぬ。今来なん」と言へば、

この部分の「なん」が何なのかによって、「来」の読み方が変わります。なぜなら、「来」はカ変動詞で「こ・き・く・くる・くれ・こ(よ)」と活用しますが、語幹が無いので、未然形の「こ」と連用形「き」は両方とも「来」の漢字を当てるからです。「来なん」は、「こなん」でしょうか?それとも「きなん」でしょうか?

「なん」の識別に自信のない人は、以下の記事で復習してくださいね。

>>復習:【一条桟敷屋の鬼2】形容詞の活用と「なん」の識別を理解しよう!

みみずく
ここの「なん」は、形式的に識別できないよね?そんなときはどうする?
狸央
文脈から考えます!
みみずく
その通り!(笑)

というわけで、文脈から攻めてみます。「来なん」の主語は、今からやって来る人だから地蔵少年。このことをふまえて、「地蔵少年はきっと来るだろう」と「地蔵少年は来てほしい」のどちらがいいかを考えます。普通に考えて、「地蔵少年はきっと来るだろう」でOKですよね?だから、「来なん」は「きなん」と読みます。

夢狐
ばくち打ちは、「地蔵」という名前の少年を知っていて、この少年を尼さんに紹介したのね。それで尼さんから着物をもらって逃げていくなんて、やっぱり詐欺だったのね!

尼と地蔵3】へ続く

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