【一条桟敷屋の鬼3】敬語の種類と敬意の方向を正しく理解しよう!

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妖怪博士の古文講座

『宇治拾遺物語』「一条桟敷屋の鬼の事」の最終回です。前回と前々回の記事を読んでいない人は、過去記事から読むといいですよ。

>>復習:【一条桟敷屋の鬼1】主語を把握して古文を正確に読解しよう!

>>復習:【一条桟敷屋の鬼2】形容詞の活用と「なん」の識別を理解しよう!

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敬語の種類と敬意の方向

(男は)おそろしさに蔀をかけて奥の方へ入りたれば、/この鬼格子押し開けて顔をさし入れて、「能く御覧じつるな、御覧じつるな」と申しければ、/(男は)太刀を抜きて、(鬼が)入らば斬らんと構へて女をばそばに置きて待ちけるに、/(鬼は)「能く能く御覧ぜよ」と云ひて去にけり。

「蔀(しとみ)」も「格子(かうし)」も、当時の家屋に取り付けられた戸のこと。格子の裏に板を張った蔀は、今でいうところの雨戸だと思ってください。

古文常識・格子(かうし) … 細い角材を一定の間隔で縦横に組み合わせた戸。

・蔀(しとみ) … 格子の裏に板を張った戸。

鬼を見てしまった男は怖くなって、蔀を閉じて部屋の奥で震えていました。そこへ鬼が顔を差し入れてきたのですから、男は生きた心地がしなかったでしょうね。ところで、鬼の言う「能く御覧じつるな、御覧じつるな」はどういう意味でしょうか?

「能く御覧じつるな」を品詞分解すると、「能く/御覧じ/つる/な」です。この中に「御覧じ」とありますが、これは「ご覧になる」という意味の尊敬語です。古文の敬語では、「誰から誰に対する敬意を表しているか?」を考えることが大切です。というのも、敬意の方向を把握することで、省略された主語や目的語を補えるからです。

みみずく
「御覧じ」の敬意の方向は?
狸央
鬼から男ですか?
みみずく
正解。じゃあ、セリフの直後に出てくる「申し」についても、敬語の種類と敬意の方向を答えて。
狸央
謙譲語で、これも、う~ん……鬼から男?
みみずく
残念!

狸央みたいに、敬語をきちんと理解できいない生徒は少なくありません。そこで今回は、敬語について基本事項を解説します。

まず、敬語の種類は尊敬語・謙譲語・丁寧語の3つです。そして、敬意の方向のうち、「誰から」は3つで共通です。地の文(会話文以外の文)の場合、「作者から」となって、会話文の場合、「話し手から」となります。

一方、敬意の方向のうち、「誰に」を考えるときは、主語(動作をする人)と目的語(動作を受ける人)がポイントですね。「S(主語)がO(目的語)にVする」という表現でVに敬語が用いられる場合を考えます。

Vが尊敬語の場合、Sに対する敬意を表します。Vが謙譲語の場合、Oに対する敬意を表します。Vが丁寧語の場合、地の文なら読者に、会話文なら聞き手に対する敬意をそれぞれ表します。

文法【敬語の種類と敬意の方向】

「S(主語)がO(目的語)にVする」でVに敬語が用いられる場合。

※( )は会話文の場合。

・尊敬語 … 作者(話し手)からSに対する敬意を表す。<為手尊敬>

・謙譲語 … 作者(話し手)からOに対する敬意を表す。<受け手尊敬>

・丁寧語 … 作者(話し手)から読者(聞き手)に対する敬意を表す。<聞き手尊敬>

これをふまえて、改めて考え直してみましょう。

まず、「能く御覧じつるな」の「御覧じ」は尊敬語なので、S(主語)を見つけます。「男が鬼をご覧になる」わけですから、「S=男」ですね。

次に、「能く御覧じつるな」は会話文なので、「鬼(話し手)から男(S)に対する敬意」を表します。

同様に、その直後の「申し」の敬意の方向を考えます。

「申しければ」は「鬼が男に申し上げるので」と訳します。「申し」は謙譲語で地の文にあるので、「作者から男(O)に対する敬意」を表します。

狸央
そっか、さっき俺は「鬼から」って答えたけど、そこが間違ってたんだ!

「能く御覧じつるな」の意味は?

「能く御覧じつるな」は、「ご覧になるな」つまり「見るな」と訳せそうです。しかし、本当にこの訳で正しいのでしょうか?

文法書などでは、終助詞「な」は「~するな」という禁止の意味で紹介されています。しかし、「能く御覧じつるな」には、完了の助動詞「つる」の連体形が含まれています。ということは、「な」を「~するな」で訳すと、完了した動作を禁止する意味になって変ですよね?

実は、終助詞「な」には、他にも念押しの意味があります。こちらで解釈すると、「見たな、見たな」と言いながら幽霊が出てくるのと同じ感じで、「能く御覧じつるな」は「よくもご覧になったな」と訳せます。

ついでに、「能く能く御覧ぜよ」も訳しましょう。「御覧ず」はサ変動詞だから、「御覧ぜよ」は命令形。だから、こちらは「しっかりご覧なさい」です。

鬼は何をしたかったのか?

さて、この鬼の行動は奇妙です。最初は「見たな、見たな」と男に迫っておきながら、最後には「見なさい」と言って去っていくのですから。いったい何をしたかったのでしょうか?

この鬼の行動については、ある論文に面白い解釈があります。

>>参考論文:酒井美沙世「『宇治拾遺物語』研究――住居怪異譚に見る〈境界〉の諸相――」

この論文によると、鬼は馬の頭をしているから、地獄に住む獄卒(ごくそつ)の馬頭鬼(めずき)だ、といいます。この解釈に従うと、地獄の鬼が現世に現れて、「悪事を働く奴は俺が迎えに来るぞ!おまえはそうならないように、しっかり俺の姿を見ておけ!」ということになります。

夢狐
ぶっ飛んだ解釈ですね。
みみずく
確かにぶっ飛んでいるけれど、一概に誤りとも言い難い。なぜなら、鬼は「諸行無常」という仏教用語を唱えているからね。そもそも「諸行無常」の意味を知ってるかい?
狸央
知りません!

「諸行無常」とは、この世に存在する全てのものは移り変わっていずれは必ず滅びる、という意味です。このような考え方を無常観といって、仏教思想では重要な位置づけになっています。

『宇治拾遺物語』には、仏の奇跡や僧侶の逸話など、仏教説話が多く収録されています。「一条桟敷屋の鬼の事」も、そうした仏教説話の一つと捉えられそうです。「諸行無常」を唱えていた鬼は、「おまえもいずれ死ぬんだから、女といちゃついてないで真面目に生きろ!」と男に伝えたかったのかもしれませんね。

古文常識「諸行無常」は、この世に存在する全てのものは移り変わっていずれは必ず滅びる、という意味。このような考え方が無常観である。

「百鬼夜行」の意味

最後から2文目に出てくる「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)」は、夜中に群れながら行進する鬼や妖怪のことです。

狸央
夜中に化け物の群れと出会ったらビビりますね。
みみずく
ビビるとかそういうレベルじゃなくて、「百鬼夜行に出会うと死ぬ」なんて噂もあったくらいだから、当時の人たちにとっては命に関わる大問題だった。
夢狐
百鬼夜行に出会ったら助からないんですか?
みみずく
いや、念仏を唱えて助かったという話が多い。つまり、仏教説話は、「仏様のお力で百鬼夜行から逃れられました。仏教ってすばらしい!」っていう仏教のPRになってたんだ。

ちなみに、四字熟語としての「百鬼夜行」は、悪人などがのさばってわがもの顔にふるまうこと、という意味で使われます。この場合、「夜行」は、「やぎょう」ではなく「やこう」と読まれることが多いですね。

というわけで、『宇治拾遺物語』「一条桟敷屋の鬼の事」はおしまいです。お疲れさまでした!

【了】

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